
【古事記】第2話『オノコロ島の誕生』伊邪那岐と伊邪那美の初めての共同作業です。

古事記 第二章|オノコロ島の誕生
―かき混ぜることで、世界は形を持ちはじめた―
はじめに
世界には、
まだ輪郭がありませんでした。
中心が生まれ、
結ぶ力が芽吹いても、
大地はなお、
海のように漂っていたといいます。
古事記第二章は、
その曖昧な世界に
「かたち」が与えられていく物語です。
形のない世界に、使命が与えられる
天地が分かれ、
高天原と葦原中国が定まったあとも、
地上はまだ、
固まらないまま揺れていました。
その世界を整えるために選ばれたのが、
伊邪那岐命(イザナギ)と
伊邪那美命(イザナミ)。
二柱は、
完成された神ではなく、
これから世界をつくっていく
“担い手”として現れます。
かき混ぜることで、生まれるもの
伊邪那岐と伊邪那美は、
「天の浮橋」に立ち、
天の沼矛を海へ差し入れます。
そして、
静かに、
しかし確かに―
海をかき混ぜる。
その雫が固まり、
最初に生まれた島が
オノコロ島でした。
ここで描かれているのは、
完璧な創造ではありません。
揺らぎ、
試し、
手を動かすことで、
はじめて形が生まれるということ。
「うまくいかなかったこと」も、物語の一部
オノコロ島の物語には、
実は「失敗」も描かれています。
最初の試みは、
うまくいきませんでした。
けれど、
やり直し、
順序を整え、
もう一度向き合うことで、
物語は先へ進んでいきます。
古事記は、
失敗を否定しません。
むしろ、
失敗もまた、世界をつくる過程として
静かに受け止めています。
神話が、今の暮らしと重なるとき
オノコロ島の誕生は、
特別な神話でありながら、
私たちの日常にもよく似ています。
- 何から始めればいいかわからないとき
- 手を動かしてみたけれど、うまくいかなかったとき
- それでも、もう一度やり直そうと思ったとき
世界は、
最初から整っているものではなく、
関わりながら、試しながら、
少しずつ形になっていく。
古事記は、
そんな当たり前のことを
オノコロ島の物語として
そっと残してくれています。
この物語は、
インスタグラムで紹介している「神話のワンシーン」から続いています。
気になった場面があれば、また戻ってきて、読み返してみてください。
神話を、しまい込まないために






古事記の神話は、読んで終わりにするものではなく、「思い出しながら生きる」ための物語だと思います。
神々のはじまりを知ったあと、その余韻をどこに置いておくか。
おみくじや御札を、引き出しの奥にしまうのではなく、目に入る場所にそっと置く。
それだけで、神話は“知識”から“暮らしの一部”に変わります。
神話を、暮らしの中で思い出すための道具として、「おみくじ立て」や「御札立て」を紹介しています。
祈るためではなく、忘れないために置く。
そんな使い方も、あっていいのかもしれません。
⛩️ おみくじ・御札の“よりどころ”【ミチシルベ/ヨリドコロ】
オノコロ島の誕生~出演:神さま紹介

伊邪那岐命(イザナギノミコト)
伊邪那美命(イザナミノミコト)
オノコロ島伝承の地~淡路島
それに加えて、東南海岸にはなんと、高さ約30mもある巨大な岩、「上立神岩(かみたてがみいわ)」がそびえ立っている。まるで矛の先のような形をしていて、国生みの舞台を思わせる象徴的な存在になっているんだ。
この上立神岩はな、神話によれば「天の御柱」とも呼ばれていて、イザナギノミコトとイザナミノミコトという2神がここに降り立ったとされている。

【神代の始まり】出演神さま関わり神社紹介

【にぎこの】紹介

🎐【ミチシルベ】おみくじ立て
🕊️【ヨリドコロ】御札立て


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