
この物語は、はるか昔の「神さまの話」でありながら、
今を生きる私たちの心の奥にも、そっと触れてくる神話です。
古事記の最初の章――それは、世界が始まる前の「静けさ」から語られます。
目次

古事記 第一章|神代の始まり
―世界が動き出す前の、静けさについて―
古事記の最初の章は、
英雄の活躍や、激しい戦いを描いた物語ではありません。
そこに語られているのは、
世界がまだ形を持たなかった頃のこと。
光も、闇も、
上も、下も、
まだはっきりと分かれていなかった時代。
古事記は、
そんな**「静けさ」**から始まります。
混沌の中から、中心が現れる
天地が分かれる前、
まだ何ひとつ定まっていなかった世界。
その混沌の中から、
最初に現れた神が
天之御中主神(アメノミナカヌシ)でした。
語らず、
争わず、
何かを命じることもない。
ただ、そこに在る神。
この姿は、
何かを始める前に、
まず「中心に立ち戻ること」の大切さを
静かに伝えているようにも感じられます。
結ぶ力が、世界を動かし始める
次に現れたのが、
高御産巣日神(タカミムスビ)と
神産巣日神(カムムスビ)。
「産む」「結ぶ」という意味を持つ名の通り、
この二柱の神は、
世界に関係と動きをもたらします。
中心が定まり、
そこからつながりが生まれ、
世界は少しずつ形を帯びていく。
人の人生も、
どこかよく似ているのかもしれません。
神話が、今の暮らしとつながる瞬間
神代の物語は、
遠い昔だけの話ではありません。
そこには、
今を生きる私たちにも通じる
静かな示唆があります。
- 答えを急がなくていいこと
- まず「在る」ことを大切にすること
- 人との縁が、世界を動かしていくこと
古事記の第一章は、
何かを始めるとき、
立ち止まりたいときにこそ
読み返したくなる物語なのかもしれません。
この物語は、
インスタグラムで紹介している「神話のワンシーン」から続いています。
気になった場面があれば、また戻ってきて、読み返してみてください。
神話を、しまい込まないために






古事記の神話は、読んで終わりにするものではなく、「思い出しながら生きる」ための物語だと思います。
神々のはじまりを知ったあと、その余韻をどこに置いておくか。
おみくじや御札を、引き出しの奥にしまうのではなく、目に入る場所にそっと置く。
それだけで、神話は“知識”から“暮らしの一部”に変わります。
神話を、暮らしの中で思い出すための道具として、「おみくじ立て」や「御札立て」を紹介しています。
祈るためではなく、忘れないために置く。
そんな使い方も、あっていいのかもしれません。
⛩️ おみくじ・御札の“よりどころ”【ミチシルベ/ヨリドコロ】
神代の始まり~キャスト紹介

天之御中主神(アマノミナカヌシ)
高御産巣日神(タカミムスビ)
神産巣日神(カムムスヒ)
伊邪那岐命(イザナギノミコト)伊邪那美命(イザナミノミコト)
【神代の始まり】出演神さま関わり神社紹介

【にぎこの】紹介

🎐【ミチシルベ】おみくじ立て
🕊️【ヨリドコロ】御札立て







